【自己紹介】

こんにちは、ブックマンです。

この記事では自己紹介と、このサイトを作った理由を説明したいと思います。

 

自己紹介

名前:ブックマン(ニックネーム)

職業:現場監督

経験:建築系17年、大小合わせて10現場ほど経験済み

資格:一級施工管理技士、危険物取扱者1.3.4.5.6種、JR工事管理者、地下鉄2級工事管理者、高所作業車特別教育、酸欠特別教育、フォークリフト特別教育

性別:男

年齢:30代

住所:東京

家族:妻、子供2人

趣味:子供とマインクラフトをする。料理を作る。

特技:ボードゲーム全般(将棋、オセロなど)

好き:効率的に行動すること

嫌い:2度手間、後悔

 

経歴:高校卒業後、東京で建築施工管理(現場監督)をする。

何度も辞めてやると思いながらも続け、中小建設会社から大手建設会社に転職した。

続ける事、資格を取る事、技術を身に着ける事が大事と実感してます。

 

 

このサイトを作った理由

このサイトは「現場監督の教科書を作りたい」という理由で作りました。

 

現場監督というのは実に難しい職業だと思います。

工場やコンビニのような決められたことをマニュアル通りにやるわけではありません。

 

自分で考えて、勉強して、実践して、失敗して、反省しないと成長しない日常です。

現場監督には教科書やマニュアルがありません。

 

建物を建てるには一つ一つが土地に合わせた特注品です。

10m先の隣の土地で出来た物、出来た事が今の現場で出来なくなることもあります。

 

先人達の色々な経験や知識、建築基準法で決められた基準などはありますが、まずは何を見ればいいのかと誰しもが思うはずです。

経験を積んでいけば分かることでも、その経験をまだ知らない現場監督に伝えるのは非常に難しいです。

先輩達も経験に基づいた知識や知恵なので伝えるのが難しいのです。

 

何か現場監督の教科書的な物や参考になる資料があれば良いのにと常々思ってました。

しかし、建物の建てる手順や品質の管理の仕方はあれど「現場監督の仕事」というのはありません。

 

もし、「現場監督の教科書」という本があればきっと皆さんは楽をすることが出来るでしょう。

 

私は現場監督の仕事は【計画・指示・確認】で出来ると思います。

現場監督に【作業】はありません。

 

このサイトを参考に全国の現場監督が出来ることが増えて楽になればよいと思います。

 

 

経歴

私の経歴をご紹介をします。

2003年 東京の会社に就職
2003年~2008年 仕事しかしていない人「社畜人生」を歩む
2008年 友達ができ、夜の街を徘徊して遊ぶ
2009年 結婚する
2010年~2013年 家族と仕事の両立がものすごく難しいと実感
2014年 仕事10年目にして段々仕事が分かってくる
2015年 仕事を効率的にこなすには「教育が大事」という悟りと開く
2019年 中小建設会社から大手建設会社に転職
2020年 やっぱ大手は給料高いと実感する

 

2003年に北海道の工業高校を卒業し、進学か就職かで選ぶことになりましたが、学校の成績もあまりよくないことと家庭の金銭事情もあり「就職」を選びました。

 

就職先は学校に来ていた求人表を見て建築系の仕事は道内・東京・アメリカの3点のみ

他は飲食や営業など建築とは関係ない仕事ばかりで選ぶ気にはなれません。

 

別に道内に興味がないし、英語が出来るわけでもないので消去法で「東京」の会社に面接をすることに選んだのです。

 

東京の建設会社に履歴書を送り、面接をして合否が出ます。

面接時はそんなに緊張はしませんでした。

なぜかもう働ける気でいたので自信満々で面接が受けるという愚行を行いましたが、無事就職が決まり当たり前のように東京の建設会社へ就職しました。

何を根拠にそんなに自信満々だったのか、、、若いって怖いですよね。

 

 

就職も決まり会社の用意した寮で住むことになりました。

一緒に面接した同期も一緒です。

 

最初に配属された現場では恐ろしいことが起きました。

なんと最初の月が200時間以上の残業を働くことになったのです。

それも3か月以上!!

 

その現場では私だけ残業と言うことではなく、皆夜遅くまで、休日も出勤しており「それが普通なのか」と私の社会人の基盤が一般とはズレたターニングポイントです。

死なないので仕事をするというのが当たり前の感覚が身につく社畜人生の始まり始まり

 

同期からは「付き合い悪いね」「いつもいないね」と言われ、逆になんでそんなに時間があるのかと疑問にも思ったことはあります。

しかし、今やめても北海道に戻って何をするのか。何もないじゃないかと思っていたためとにかく仕事をやることにしました。

 

 

そんな仕事しかない人生を5年くらいしていたところ、会社で友達が出来ました。

その友達は仕事は出来るだけ少なく、やることを減らし定時には帰って遊ぶということを実施していました。

残業や休日出勤して仕事をするという社畜的考えが身についた私には目から鱗です。

 

その仕事嫌いとも呼べる友達から「遊びに行こう」と言われ、その日は定時に帰りました。

定時に帰るには日中にどれだれ仕事を圧縮できるかと、無駄な仕事を省くかが勝負です。

 

残業が当たり前だった自分にはものすごく大変でしたが、いかに早く帰るためにどうすればよいのか!?という新しい視点が生まれました。

仕事をいかに短時間で終わらせて、友達と遊ぶと「仕事」と「遊ぶ」を両立することに仕事ばかりをしていた自分に新たな人生が出来ました。

 

そうこうしているうちに妻と結婚することになりました。

何を突然!?と思うかもしれませんが仕事しかしていない時の自分では無理だったでしょう。

仕事を終わらせて遊ぶということが出来たので妻と出会い、結婚することが出来たのです。

 

結婚して子供も生まれ、より一層家族への時間を大事にしなくてはいけなくなりました。

「あなたは仕事ばかり」「ほかの夫はもっと早く帰ってきている」「子育てをしてよ」と言われることもしばしばありましたが、その時は【仕事>家庭】の感覚が抜けず、仕事を優先しては家族に嫌われる日々でした。

とはいえ、家族の気持ちも分かります。夫が仕事をすれば給料が入りますが、結婚しているのに夫がいない人生も意味がないのです。

 

口うるさく言われるのも嫌だし、妻を悲しませるのも嫌だし、仕事しかしない人生も嫌だと思っているが社畜の考えはなかなか抜けません。

どうしても仕事を終わらせるまで仕事をしてしまうのです。

さすがにもう10年以上社畜をしてきただけあって自分の仕事を間違えることは少なくなりました。

強いて言えば玄人になっていたのでその辺の現場監督よりよっぽど仕事が出来ます( ̄▽ ̄)

 

 

どうして仕事が終わらないのか・・・

 

疑問に思いました。

 

よくよく考えてみると自分がやらなくてもいい仕事(担当外)や切羽詰まって誰かがやらなくてはいけない仕事、仕事の出来る人にやらせればいいやという仕事までやってたことが問題です。

上司のフォローや部下の失敗なども自分の仕事と重なり、容量オーバーになってたのです。

それでは仕事は終わらないと思います。

 

まずは自分の仕事をやることを意識して、他の仕事を断るようにしました。

いつもはやってしまう仕事も断り、見えてはいるけど自分の仕事じゃないから放っておくということをしました。

 

その結果は失敗でした。

 

そうやってやらない、見てないふりをすると、どんどん状況は悪化して手が付けられなくなります。

皆が気付くころにはかなりやばい状況になっています。

 

そうなると他の現場監督や作業員がその仕事に取られ、その他の仕事がどんどん見落とすことが多くなります。

ここまでになると地獄への片道切符です。

 

皆が苦労して、無駄な労力をかけるということになります。

突貫現場の出来上がりです。

 

 

そうならないためにどうするか

 

それは「教育」でした。

 

現場は一人ではやりません。

現場監督がいて、作業員がいて、施主や会社があります。

 

その人達がきちんと自分の担当、自分の役割を把握して仕事をすることで普通の建設現場が出来ます。

普通の建設現場にするためには自分の担当、役割を把握してもらい実行することが大事です。

 

もちろん自分の担当は何なのか、役割が何なのかが分からない人もいます。

 

そこで「教育」の出番です。

 

分からない人に分かるように教える。次からは自分で出来るようにする。

この点をきちんとすれば、仕事の意識を持っている人はしっかりやります。

 

仕事が分からない人は何をすればよいか分からない人です。

目的、やり方、調べ方を自分で考えるようにさせることが出来ればとてもよい仕事人が出来ます。

 

その仕事人を増やすために今は日々努力をしています。

「皆分かってるなら大丈夫!」精神です。

 

このブログを見て、勉強になった。自分でもできる。と思ってくれたらうれしいです。

 

では、また他の記事で会いましょう。

今日もご安全に